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ある日森の中

ただただ適当に

女子力

「君は本当に乙女だなあ」と大学時代、特にゼミで闇を深めた4年生くらいから言われることが多くなった。そう言われて初めて実感したのだけどどうやら私の心の中には少なからず乙女が住み着いているらしい。

前回アップした恋に恋する、ということも含めて、私はどうも「男性らしい」趣味よりも女性っぽさを感じる趣味に共感を覚えることが多いようなのである。少年漫画より少女漫画、仮面ライダーよりおジャ魔女どれみ。好きすぎてきぐるみショーまで出かけた私は他に男子が全くいないという状況の中でキャーキャー言ってたのである。今考えると我ながら凄まじいことをしたと思う。

母親がマンガ好きだったということもあり、本当に幼い頃からアニメ漬けの生活を送ってきたのだけれど、確実にこの頃見せられたBSアニメ劇場でやっていたベルばらとかパタリロは私の人格形成に少なからず影響を与えているのだろう。小学校の時だって男子と外で遊ぶよりかは女子と教室でちゃおの付録とかを「かわいい」とか言って見ていることのほうが多かったのである。今考えると夢の様な日々だ・・・。

中高と男子校という底辺環境下でなりを潜めていたものの、クソオタクと化すことで自分の女子性と整合性を取ってきたのかもしれない。

思えば私は両親から「かわいい」と言われ育てられた記憶はあるが、誰かから「かっこいい」と言われた記憶が全くと言っていいほどない。ある時期までは「かっこいい」ということをいたづらに求めた時期もあったけれども、ある時何をきっかけに「かっこよく」生きようとすることを諦めた。おそらくそれが自分の中でのターニングポイントだったのだろう。

心のなかにそういう部分を持たせておくと人生1.5倍くらい楽しくなるというのは私の持論である。だって良いと思ったものは基本的に受け入れられるようになるし。三上ミカ先生の描く兄妹イチャラブを見て身悶えすることもできれば音直SSを呼んで「ウヒョー」と奇声を上げることもいとわないのである。人生全て経験、なんでも見聞きしてみるもんだ。

「男性らしさ」の殻を脱ぎ捨てて生きる、というのは完全には難しいけれど少し試してみるだけで格段に(個人的には)生きやすくなると思うからもっと広まればいいのになと思っている。それに気づかせてくれたのは大学で聞いたジェンダーの講義だったから皆もジェンダーおばさんとか言ってないで見聞きしてみると楽になるのにな、とも思う。非モテだからこその共感というのもあるとジェンダーおじさんは考えていますよ。

しかし卒論を執筆するという闇を越え、作業用BGMが女性向けシチュエーションCDになったという現状は自分でもなんとかしなくちゃいけないかもしれない、と思う今日このごろである。