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ある日森の中

ただただ適当に

「ゆらぎ」の良さ

すっかり週一更新になってしまいましたね。すいません、まだエネルギー不足が続いています。エネルギーが無いとものも考えられないのが困り物。

先日、とある男の娘イラストツイートをリツイートして「すんげえいい」みたいなコメントをつけたら「お前はなんで男の娘がそんなに好きなんだ」と言われた。私としては特段「男の娘」ばかりをクローズアップして愛好しているわけではないのだが、以前も書いたように女性キャラクターでも比較的中性的な見た目の方が好きというのがあった。

kuma-rapidexp.hatenablog.com

この記事でも書いたように、「境界域」だからこそ顕在化しやすい「女性性」というのが魅力を感じさせているのではと書いた。これは自分の中で一つの結論にはなっている。ただこれとは別に、これ以前から思っていた「ゆらぎ」に対する思いというのがある。

「境界域」にいる人達、というのは自分がいくつかに分節化された世界の中でどこに所属しているのかイマイチ受け止めきれていない部分があると想定できる。そうするとどこに自分が所属する「べき」なのかについて戸惑いが生じる。その一種の迷いを感じさせる様子がただただいじらしく、また迷いを乗り越え吹っ切れた時の爽やかさというのがキャラクター性を消費する側からすれば非常に心地よいのだと思う。これは私のあらゆるコンテンツに対してあるといいなと思っている要素(迷い、戸惑いと成長)を内包している、ないしは"想像"することができる、ここに魅力を感じているのだと思っていた。

これは私のいろんな好みに比較的通底している。例えば比較的年少のキャラクターが好き、というのは次のステップ(学校や"大人"という存在)に至るまでの不安や屈託ない希望を感じさせる「ゆらぎ」を感じ取れるからだし、好きな年代が80年代というのも「モーレツ」だった高度経済成長期とバブルの狭間という一種宙ぶらりんの時代に「ゆらぎ」を感じ取っているからかもしれない。

しかし私も一体どこへ向かおうとしてるのか、どこに着地するのか皆目検討がつかないぞ。