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ある日森の中

ただただ適当に

サケカツ!しよ子

このブログもおかげさまで何人か読者の方がついてくださっていて感涙している。こんなブログを読むよりyoutubeでも見て笑っていた方がよっぽど健康的であるしおすすめしたいところだが、読んでくれる方がいる、というのは(承認欲求満たされて)結構モチベーションになるので大変ありがたいです。今後とも宜しくお願いします。

さて、ブログを見返してみると一番最初の記事で「鮭活(これについては後で書きたい)」と書いていた。というわけで書くことにした。

まず鮭活とはなんぞや、といえば就職と同時に地元方面へ帰っていった同期氏が(彼は何度かこのブログに登場していて出演料の支払いを最近チラつかされている)地の利を活かして地元の同級生女子とよろしくやってあわよくばゴールインを目指そうという壮大なストーリーである。それがまるで故郷の川に戻って産卵する鮭のように見えると誰が言ったか鮭活と呼ばれるようになったのである。

詳述は避けるにせよ、氏は壮大な目標を立てて精力的に動いているようである。一方私は街の片隅で一人恋に恋かがれながら喚いているだけである。なんと小さなことか。

考えると辛くなってくるので自分と比べるのはとりあえず置いておいて、そもそもなぜ「鮭活」を精力的に行うことが「羨ましく」、「素晴らしい」ものに感じ得てしまうのかというところに着目したい。

恋愛、というのは青春の代名詞であるかのように取り上げられることが多い。爽やかで甘酸っぱい「男女」の清い交際、それは眩しく多くの人が手に取れそうで手に取れないものである。恋愛が登場するフィクションは星の数ほどあるし、多くの人が修学旅行の深夜に恋バナをした甘酸っぱい記憶を持っているだろう。

実はこの男女が出会い、付き合い、結婚し、一生添い遂げるというのを「アタリマエ」と思ってしまう背景概念を指す言葉で「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」というものが社会学にはある。社会学便利。Wikipediaだとあんまりなのでなんかレポートチックなサイトを見つけたのでリンクを貼っておく。

blog.jma-net.jp

簡単に言えば「性生活と恋愛と結婚の三位一体」である。「好きな人」と恋をして、セックスして、結婚することが全部結びつくということである。確かに恋愛について考える事をバラバラにしてみるとこの3つは全て密接に結びついているように思える。だから「幼なじみ彼女と排卵日中出しラブH」という言葉が生まれるのである。幼なじみという「彼女」と排卵日に「中出しラブH」をすることが重要なのである。その結果として子供ができたら責任を取って「結婚」することが前提になっている(のかどうかは知らない)。

どうやら「鮭活」を積極的に行うことが素晴らしいと思う背景には「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」っちゅうものが絡んでる、ということまで書いたところで飽きてきたので筆を置きたい。また続き書きます。

こんなことしてるからモテないしモテようとも思わないんだよなあ・・・